ここではムビラ・ジャカナカがムビラを習った師匠を紹介します。

 

  Luken Paspamire (ルケン・パシパミレ)
1952年ジンバブエ・モンドロ生まれ  トーテム:ンゾウ(象)

 19世紀当時、チトゥンギザ(現在の首都ハラレの南方にある街)にショナ族の都があった。王宮にはパシパミレという名前のスピリットミディアム(霊媒師)がいて、チャミヌカという偉大なスピリットを呼ぶことができた唯一の人物として、ジンバブエ全土にその名が知られていた。 伝説の霊媒師パシパミレはルケン氏のひいおじいさんにあたる。
 ルケン氏がまだ子供の頃、弟が病気になり、儀式が執り行われた。ムビラ演奏により、弟が精霊に取り付かれるのを目の前で見て、ルケン氏はムビラの威力を知る。一晩の儀式が終わった朝、見よう見まねで「ネマムササ」を弾いたのが、彼のグウェニャムビラ(ムビラ・プレイヤー)人生の始まり。学校にもムビラを持っていくほど、ムビラの魅力にとりつかれて、最終的に卒業することなくドロップアウト。以降プロとしての道を歩き始め、儀式に呼ばれては出かけて演奏することを繰り返し技術を高めた。
  1968年に結成されたムビラグループ「MhuriYekwaRwizi(ムリ・イェクワ・ルウィジ ハクウォティ・ムデ氏、コスマス・マガヤ氏などが在籍したことで知られる)」のメンバーとして 1983年、ムビラバンドとして初めての海外ツアーを行い、イギリス、イタリア、スイス、オランダ、フランスなどを回り成功を収める。
 彼曰く「良いムビラプレーヤーとは先祖の霊を降ろすことができるかどうかだ」と語る。彼は伝統を受け継ぎ、先祖の霊を呼ぶ腕前を持った確かなグウェニャムビラとして自他ともに認められた存在だ。


Garikayi Tirikoti(ガリカイ・ティリコティ)
1961年チウォタ生まれトーテム:ンビジ(シマウマ)

 ガリカイ・ティリコティ氏はムビラの天才だ。3歳のときに誰も教えていないのにムビラを弾いたというエピソードがそれを物語る。6歳で音階の狂ったムビラを調律して、周囲を驚かせる。1996年より現在に至るまでムビラメーカー兼プレイヤーとして儀式での演奏等で活躍している。
 同じチューニングのムビラ同士で合奏するのが伝統スタイルなのに対し、低音のムビラ、高音のムビラなどを同時に合奏する「ムビラオーケストラ」スタイルを独自に確立。伝統を踏まえながらムビラの世界を一歩進化させた。ソロアルバム他3枚のアルバムを発表し、スイスへの演奏旅行も2回こなすなど演奏者としても一流。彼が作る7つの異なるチューニングのムビラを全部上手に演奏できるのは世界で唯一彼一人。通常のムビラプレーヤーでは一生かかっても弾きこなせないだろう。
 更には通常の指の動きの倍のスピードで演奏する「ダブルビート」とうい奏法まで編み出してしまう。このスタイルで演奏するとき彼の左手の親指は残像しか見えず、キーの上を滑るように動いている。 
 仕事熱心で禁欲的なガリカイ氏は信頼でき、尊敬できる人物である。彼の人柄のせいか、現地の人たち、そして海外からも多くの訪問者がある。

Chipo チポ

 ムビラメーカー、ジョナ氏の妹であるチポは5人の娘を持つ良き母である。女性のムビラプレーヤーというのは、ジンバブエでは珍しい存在だが、その腕前はもしかしたらジョナよりも上かもしれない。
 チポの歌は大変素晴らしく、ムビラ演奏に合わせて自由にメロディーを紡いでいき、即興の醍醐味を味わうことができる。適当に歌っているように聞こえて、微妙に変化するので同じ歌詞を歌っていても聞いているものを飽きさせない。彼女はコーラスでエファットムジュル氏のアルバム「カリガモンベ」に参加している。