2008 マサのジンバブエ滞在記



■■ジンバブエ近況報告■■
ハラレ郊外住宅地ムファコセ
 
 2008年 1月3日より約三週間、ジンバブエの首都、ハラレにムビラ修行/
買い付けの為に滞在してきたので、肌で感じた現地の様子を報告します。

  昨年の10月から朝日新聞で16回にわたりジンバブエの現状についてのレポートが 連載されました。それによれば、国民の4分の1が国外に脱出し、インフレ率 は7000%を超えて、農業生産は激減、撤退する大使館もあり、スーパーからは物が消えた・・・と悪いニュースばかり。  

 最初にこの国を訪れた2001年当時から物価上昇は日常的になっていましたが、 食料が買えないのなら、渡航の予定を延期しようかと、毎年のように訪問してきた僕も去年秋頃は躊躇していました。  

 今回のチャンスを逃すと次にいつ行けるか分からないので、最終的行くことを決断。どれほど状況が悪くなっているのだろうと、心配しながら到着してみると、拍子抜けするほどに、表面的には以前との差を感じなかったというのが第一印象でした。 友人や知り合いもみんな元気で安心しました。

■表面上の変化と見えない社会基盤の崩壊

 しばらくして前回訪問した2年前 との変化に気づいてきました。明らかに違ったのはお札の「0」の数が増えたこと、 道路に穴ぼこがあちこちに出来ていること、銀行からお金を引き出そうと大行列を 作る人たちが目立ったこと、ネットワークの悪化で携帯電話がなかなか通じないこと。 去年、日本から知り合いに電話したのに繋がらないので、心配しましたが原因が分かりました。現地でも携帯電話の意味が無いと憤っていました。

  これだけ経済が悪化したら、困った人々が犯罪に走り治安が悪くなるだろうことは 容易に想像できます。日本人が街を夜歩けないことは前と変わりませんが、昼間は 平和で、更に悪化したとは感じませんでした。ジンバブエ人は一般的に大人しく、 温厚な国民性で、僕もそこが好きなのですが、それ故に暴力には訴えないのでしょうか。

 食料も確かにスーパーにはあまりなくて、空いた棚が多いのですが、ムバレと 呼ばれるジンバブエの築地市場に行けば牛乳以外は何でも売っていました。 どうやらお店が在庫の出し惜しみをしている部分もあるようです。

 もちろん、朝日新聞の記事が嘘だと言うつもりはありません。この国の社会基盤 がじわじわと崩れつつあるのは確かです。2000年から始まった白人農場の強制摂取 以降、農場主、医師、技術者などの多くが給料の良い南アフリカなど近隣国に 移住してしまいました。

 僕の友人も4年前にハラレからヨハネスブルグに移り、現在はITエンジニアとして 新しい生活をしています。一方で彼の親は移住出来るのに、医師として働き続けて います。なぜなら自分たちが移住してしまったら、生活に困っている親族の面倒が 見られなくなるからです。アフリカの他の国も同様だと思いますが、金銭的に余裕が あるものが、親族の面倒を見るというのがこちらでは当たり前のことなのです。 その慣習は困ったら助け合うアフリカの美徳ですが、他力本願になる精神を生む場合も あります。

■ハイパーインフレーション --- 分刻みで値上がりしてしまう異常

 この国のインフレーションは特に去年から上昇率が加速しているようで、政府は 「価格統制令」、「新札発行」、などの対策を打ち出してきましたが、焼け石に水で、 効果が上がっていません。ちなみに3週間弱の滞在期間中にも乗り合いバスの運賃は20%も値上がりました。

 値段は一日のうちでも上がります。国立アートギャラリーのギフトショップで素敵な壁飾りが「700万ドル」で売られていました。お店のスタッフから「お買い得ですよ」と 言われて、「じゃあ買おうかな」と返事をしつつ、他の商品を物色して5分後、その商品 の場所に戻ってくると値札が無くなっています。レジに行くとスタッフが「値上がりしました」と 平然として「1200万ドル」の値札を付けたのです。憮然としながらもやっぱり欲しかった ので買いましたが・・・・。

 闇市場に流れた紙幣を回収するために、政府は昨年末「20万ドル」は年内に使えなくなるという通達を出しました。みんな慌てて銀行に預けたり、流通する紙幣が 少なくなって右往左往したそうですが、年が明けたら「やっぱり使えることにします」 と発言撤回する始末。インフレ対策として去年の年末に政府が3つの高額紙幣を 発行。その紙幣の額面が「25万ドル」、「50万ドル」と「75万ドル」。特に「75万ドル」 は、皆数えるのに四苦八苦して、スーパーのレジに並ぶ行列の悪化に拍車をかけて います。そして今年1月25日にはついに1000万ドル紙幣が登場。その日の午後には 実勢レートも急に跳ね上がってしまいハイパーインフレの加速は続いています。

 比較的経済の安定している日本に住む我々には理解しがたい世界ですが、 僕が滞在した宿にいた旅行中のブラジル人は冷静で「ブラジルもそのような時代が あったよ。国民はそれでも何とかやっていくしかないんだ」と経験に裏付けられた達観 を披露して、関心しました。実際、ジンバブエ人もこの状況に慣れてしまい、 現実を淡々と受け入れているようです。僕のムビラの先生宅では主食である とうもろこしの粉25kg袋が備蓄されており、価値の減っていく現金ではなく物で蓄える という知恵が働いていました。僕の付き合っているムビラ職人、ムビラ演奏者たちは 外貨収入があるので、何とかやっていけるのですが、普通の労働者の給料は物価 上昇に見合うほどには上がっておらず、皆困窮しているようです。本当に困っている人たちが難民化して逃げ出すから、街は変わらずそのままなのかもしれません。 ホームレスの人たちを前より多く見かけるということもありませんでした。

■白人は脱出、代わりに中国人がやってきた

 6,7年前にはハラレの街中に白人経営のお店、西洋料理のレストランなど が多くありましたが、今ではほとんどが閉店してしまい、白人を街中で見かけることも 少なくなりました。その代わりに中国人経営の店が増えています。ジンバブエは経済 制裁を続ける旧宗主国イギリスなど欧米との関係が薄くなり、鉱物資源確保を狙う 中国との結びつきが強くなっています。結果、粗悪な中国製品が出回り、庶民から悪評を買っています。 

  一方で市内の乗り合いバスとして大活躍のトヨタ車 「ハイエース」は中古車としてアフリカに売られてきたのに、故障せず長生きなので、 「日本の技術力は高くて素晴らしいな」とあちらこちらで褒められます。 日本の技術力と全く関係ない僕も鼻が高くなります。

■ジンバブエの将来

 ジンバブエは1980年にアフリカで最後に独立した国です。1970年代には独立の為の 戦争があり、国民はまだ、その時代の悲惨な記憶が新しいのです。「現在の状況は 厳しいが、戦争よりはましだ。私たちは平和を大事にしているから。」と言った、 あるジンバブエ人の言葉は庶民の言葉を代表しているような気がします。彼らの 忍耐力が途切れないうちに、経済が良くなるような変化が起きて欲しいと思います。

 今年3月には大統領選が予定されていますが、独立以降27年間現職である 「ムガベ大統領」が再選されるという見込みが大方です。野党勢力は暴力など様々な 形で活動が制限されており、政権交代は一筋縄ではいきません。野党側は「昔、 白人に支配されていたこの国は、現在一部の黒人により支配されている」と現政権を 非難し、与党側は「野党勢力は欧米からの活動資金を得ている白人の手先だ」と お互いを非難し合っています。

 ジンバブエは本当に素晴らしい国です。ムビラ(親指ピアノ)、太鼓などの伝統音楽、 ビクトリアの滝やグレートジンバブエなど世界遺産の観光資源は彼らが誇るべき文化や 自然です。その昔は工業力もあり、高い識字率がそれを支えていました。先に述べま したが、温和な国民性は人付き合いしやすく、この国の魅力の一つです。

 隣国の南アフリカ共和国で2010年に行われる予定のサッカーワールドカップは、 アフリカにとって希望に満ちたイベントです。行き帰りに立ち寄ったヨハネスブルグの 国際空港では、拡張工事、鉄道を引くための工事などが急ピッチで進んでいました。 イベントの成功が世界のアフリカに対する関心を増やし、見方を変えるきっかけとなって 欲しいと切に願います。僕も微力ながら、ムビラの紹介を通じて日本でのアフリカへの 関心を高めていきたいと考えています。